その525 旅立ち 2022.5.15

2022/05/15

 ご近所の車庫の天井でツバメが子育てをしていました。
巣から7-8羽のひなが顔を出して、親ツバメの運んで来る虫を、今か今かと待っています。
ひなはだんだんと大きくなって、巣からあふれ出しそうな勢いです。
 
 そんな折、あるピアニストの訃報が新聞に小さく報じられていました。
野島稔さん。1963年日本音楽コンクール第一位、
1969年ヴァン・クライバーンコンクール第二位など輝かしい受賞歴の方です。
私が初めて生の演奏を聞いたのは、およそ50年前。
地元の高校の創立記念コンサートに岩城宏之さん指揮のN響とともにいらした時だったと思います。
 
 冷房の効かない体育館で、奥行きのないステージを前に継ぎ足しての公演でした。
確かチャイコフスキーのピアノ協奏曲だったと思いますが、
第1楽章が終わったところで、岩城さんが、「暑いな、」と野島さんを振り返りながら
上着を脱いだことを覚えています。
オーケストラとピアノが一緒に、なんて生では聴いたこのとのなかった私には、
とても新鮮で気温以上に熱い想い出です。
 
 1993年頃、アメリカのミュージックショップでNOJIMA PLAYS RAVELのCDを見つけ、
「鏡」や「夜のガスパール」の精緻な演奏にまた感動しておりました。
 
 2010年10月、野島さんのリサイタルがあることを知って東京まで出かけました。
しかし出発の数日前、ホールの方から直接電話をいただきました。
野島さんが急病で出演できず、野島さんの依頼を受けた神谷郁代さんと迫昭嘉さんの公演になるとのことでした。
野島さんの演奏が聴けないことは残念でしたが、
お二人の演奏は素晴らしく、ピアニストの持つ「音」について感銘を受けました。
ホールでは野島さんへのメッセージを預かります、とのことで
岩城宏之さんとの高知公演のことをお書きしたことでした。
 
 ある日突然、ツバメの巣が空っぽになっていました。
7-8羽のひなはいっぺんに巣立ったようです。
でも、近くの電線を見ると、まだほっそりとして頭の毛が寝起きのように立っている子ツバメを見かけます。
 
 野島さん、もう演奏をお聴きできないのは残念ですが、
日本や世界で公演された各地を巡って、
ついでに高知にも立ち寄ってから旅立っていただいたらと思います。